「ウ」ではなく「于」だった!カタカナのプロトタイプを見よ★

どうも、ぺのっぺです。

(への)/

今日は、制作初期の

カタカナのプロトタイプ

見て行きたいと思います!

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カタカナのプロトタイプ!

結構、色々ありますね〜。

カタカナは元々、

個々人のメモ書きから

派生していったので、

意外とバラエティ豊かなんです。

特に、「ウ」!

驚いたことに「于」です!

よくワ行の「ウ音」に

創作カタカナで当てられる

部分ですけど、これは意外ですね〜。

なぜ「于」の字だった?

まず、「于」の宇は

六書(りくしょ)の分類で言う、

「形声文字」

だから、「于」の字の方が

「ウの発音」を表すんですね。

対し、「宀(ウ冠)」は

あくまで「意味」を表す部首…。

今でこそ、

「宀」=「ウ」

のイメージですけど、

漢字上では、あくまで、

「ウ音」との関わりは

ないわけです。

だから、「ウ音」を表す

「于」の字の方が

自然で読みやすく、

当初はこちらの方が

使われていたのでしょう。

漢字の発音を借りる

万葉仮名の流れから考えても、

わかりやすいですからね。

というより、実際、

「于」は「ウ音」の

万葉仮名でもありました…。

なので、

元になった万葉仮名が、

「宇」なら、ウ音を表す

「于」の部分を取って

作られたことになりますし、

「于」なら、そのまま

カタカナに流用された

ということになります。

元が個々人のメモ書きなので、

この「于」のカタカナが

「宇」と「于」のどちらに

由来するかはわかりません。

ただ、のちに「宀」

出てくることを考えると、

「宇」に由来する流れの方が

自然で分かりやすいと思います。

<于>

万葉仮名の「于」を

そのままカタカナに流用!?

     or

「宇」から「ウ音」を表す

「于」の部分を取ってカタカナに!?

でも、やはり、

当初のプロトカタカナには

「尓(に)」など

万葉仮名からの流用も

結構あったみたいなので、

どちらかなのかは

確証がありません…(汗)

ただ、どちらにせよ、

当初のプロトカタカナでは

「ウ」は「宀」ではなく、

「于」だったということですね。

なぜ「宀(ウ)」になった?

でも、なぜか

「宀(ウ)」の方が

定着した…。

おそらく、これは、

「于」の字がすでに

「漢文」の中で

「置き字」として

使われていたためでしょう。

「于」の字は

日本語の熟語では

あまり使われていませんが、

漢文の中では

「置き字」として

使われています。

置き字とは、ちょうど、

英語の前置詞のような

役割をする文字…。

万葉仮名なら、

日本語ではあまり使わない

「于」の字は、

仮名として

読ませて使う分には

混同も少なく、

便利だったのでしょうが、

漢文に添えて書く

カタカナとして使うには、

かえって不便だったのかも

しれません…。

ちょうど、

英語の「U and I」に

ローマ字で「kimi to boku」

と添えるような不便さです。

だから、

漢文訓読と混同するのを

避けたのかもしれませんね。

それに、

「宀」は部首であって、

単体の漢字ではないですから、

漢文に添えて使うことを

目的としたカタカナとしては、

漢字と区別できる部品として

使いやすかったのでしょう。

また、「乎(ヲ)」の字なんかは

置き字に「乎」があるためか、

結構、省略や変形を加えて

区別してるようにも見えます。

といっても、

「ハ」「チ」などは

全体をそのまま持って来てるので

漢字との区別というのも、結構

いい加減なんですけどね…。

正直、この2つは

「払い」の違いぐらいしか

ありません…(汗)

八 ハ

千 チ

「二:ニ」に至っては

もはや区別がわからない…orz

他にも「イ」は「尹」!

「ウ」だけでなく、「イ」も、

当初は「亻」ではなく、

「尹」だった!

最初こそ「人」の字でしたが、

「亻(にんべん)」よりも、(意味)

「尹(イン)」の字(音読み)

の方が前期は多いです。

なので、早速、

「于」「尹」

対比して並べてみました!

伊 尹 イ

止 止 ト

宇 于 ウ

どうでしょう?

こうして並べてみると、

消えたはずの片割れが

復活しているみたいで、

何だか少し面白いですよね?

「ひらがな」っぽいものまで☆

お(於) さ(左)

そ(曽) ち(知)

この4つは、

「ひらがな」そのものです。

このうち、

さ(左)ち(知)は、

カタカナの「サ・チ」が

散(サ)・千(チ)

由来するので、

元になった漢字まで

違います。

でも、誕生当初は、まだ、

ひらがな・カタカナの区別は

曖昧でした。

なので、ひらがなと同じでも

特に意識されず、カタカナと一緒に

漢文に添え書きされたんです。

今でこそ、

ひらがな=丸

カタカナ=四角

のデザインイメージで

使い分けてますけど…、

当初はまだ、

そのイメージ自体が

確立されてなかったんですね。

漢字と区別さえできれば

万葉仮名より視認性も上がって

読みやすくなるので、

何も角ばったカタカナだけで

統一する必要性は

まだ薄かったのでしょう。

それにしても、

この「ち(知)」

なぜか、後期になると

漢字と混同しやすい

「チ(千)」になります。

「ハ(八)」は初期から

「ハ」なんですけどね…。

おそらく、

混同する「不便さ」よりも、

小文字でも書きやすい

「利便性」の方が、

機能面から見ても、

優先順位が上だったのかも

知れません。

チ(千)>ち(知)

ただ、「チ」と「ち」は

小書きでも、書きやすさは

あまり変わらないので、

あるいは、

漢字と調和する角ばった

デザインの方が好まれた、

とも考えられます。

そもそも、

小書きにされてる時点で

漢字と区別できますからね。

多少混同するデザインでも、

漢字と調和するデザイン、

ということで、

結果的に受け入れられたのかも

知れません…。

木の「根」で「ネ」!

木の「根」が…

こんなところまで!(笑)

何と、「根」で「ネ」!

それも、

「木」の方を取って、

「ネ」と読ませてます!

木=ネ(根)

これは中々に斬新ですね!

おそらく、

「根」全体だと画数も多く

小文字で漢文に添えて書くと

字が潰れてしまうためでしょう。

そこで、「木」だけで

「ネ」と読ます…。

ただ、正直読みづらいですね…。

何ぶん、「魚」で「マグロ」と

読ませるようなものですから…。

「ヘ」は早くから「ヘ」!

何と「へ」は早くも

「へ」です!

でも実は、

最古のいろは唄の段階で

「ヘ」は「ヘ」です。

おそらく、

「ア」「阝(こざと)」

混同するから、

「阝(おおざと)」「ヘ」

早くから変形を加えて

区別しやしくしたのでしょう。

もちろん、今の「へ」よりは

曲線的ですけどね…。

反対に、

「ア」の方も早い段階で

「阝(こざと)」から

「ア」に変形しています。

プロトタイプには統一感がない!

このように、

カタカナのプロトタイプは

進化途中の生き物みたく

統一感がなかったわけですね。

万葉仮名を流用したり、

(于・尓)

単に一部を取っただけの

略字だったり…、

(尹・于)

ひらがなと同じものが

混ざっていたり…。

(お・さ・そ・ち)

まだ、カタカナ全体の

デザインは統一されて

なかったんですね。

カタカナは四角く!

それが、

現代のカタカナになると、

どれも漢字の一部を

ただ取っただけの

単なる略字ではなく…、

「縦横比」を整えたり…、

(イ・ウ・サ)

「払い」を変えたり…、

(ハ・チ)

「変形」などを加えたりして…、

(ア・へ・マ)

「四角」を基本とした

「統一感」のある文字セットに

仕上がっています。

そして、機能だけでなく、

デザインの上でも、

漢字とは別種の文字へと

新しく派生しているんですね。

cf.ひらがなは丸く!

対し、ひらがなは「丸」

基本としたデザインなので、

カタカナの直線的な変形とは

対照的な曲線的な書き崩しが

特徴です。

ただ、変体仮名の段階では

まだ、文字の縦横比や

サイズがマチマチで、

縦長文字も多かったようです。

それが、ひらがなになると

縦横比やサイズが統一され、

方眼に収まるようになります。

ただ、手書きでは一部、

「し」や「く」など

細長く縦書きされるものも

ありますよ。

漢字の一部は色々♪

カタカナは

「漢字の一部」を取って

作られました。

ただ、「漢字の一部」

といっても、

何も部首や旁(つくり)とは

限りません。

「サ(散)」の字なんて、

「龷」なのに上半分の

「艹」を取ってきて

「サ」ですし…、

「マ(萬)」の字なんて、

「萬」の略字(後の新漢字)

「万」の字に変形を加わえて

「マ」です。

なので、

「漢字の一部」と言っても

けっこう色々なんですね。

コラム:国語で習う仮名の成り立ち…

さて、国語では、

ひらがなの成り立ちと同時に

カタカナの成り立ちも習いますね。

ひらがなは

漢字を書き崩して、

カタカナは

漢字の一部を取って

作られた…。

そして、漢字一字一字と

ひらがな・カタカナが

それぞれペア付けされて

一覧表で渡されます。

参考・引用元:平仮名-Wikipedia

参考・引用元:片仮名-Wikipedia

でも、何だか変ですよね?

平安時代にひらがなが

誕生していたのなら、

どうして、

昔の文書(もんじょ)は

あんなに読めないのでしょうか?

「歴史的仮名遣い」

漢字の「草書」

混ぜ書きされてるとはいえ…、

もっと読めても

良さそうなものですよね。

確かに、書き崩しの途中で

今の字形とは違うのも

あるんでしょうけど…、

にしたって、

あまりに別物過ぎです。

でも、それもそのはず…、

実は、ひらがなではなく

「変体仮名」

書かれているからです。

「変体仮名」とは、いわば

ひらがなのプロトタイプ

のような仮名文字…。

書き崩しの途中段階であるのは

もちろん、ひらがなと違って

ひとつの発音に複数の仮名が

当てられる「一音多字」の文字です。

全部「か」!

覚えるのも、読むのも、

書くのも不便な文字ですが、

書の「鑑賞目的」として

使われ続けました。

どの仮名を選ぶかも

書き手のセンスに委ねて、

残り続けたんです…。

実は今でも、うなぎ屋さんの

「な」の字なんかに装飾目的で

使われていますよ。

これが、

ローマ字の影響などを受けて、

旧仮名「ゐ・ゑ」を含めた

48文字に統一されるのは、

明治33年(1900年)の

小学校令施行規則改正後です。

なので、明治初期の

『学問のすゝめ』には

まだ、この「変体仮名」が

混ぜ書きされてました。

だから、

ひらがなの成り立ちの説明

としては、いきなり

飛ばし過ぎなんですね。

単に、字形が書き崩され

洗練されてったのではなく、

種類自体が明治後半になって、

旧仮名の「ゐ・ゑ」を含む

48文字に統一された。

ひらがなは平安時代に

作られたんじゃなく、

明治時代に変体仮名から

派生する形で完成された。

でも、国語で習う説明ですと、

あたかも、一字一字のペアが

最初から「一律」に出来上がってた

かのように誤解してしまいます…。

そして、これは、

カタカナの場合も同様です。

カタカナも最初っから

今の一式が出来上がってた

わけではありません。

ただ、カタカナの場合は

元が個々人のメモ書きである

とは言え…、

ひらがなと違って、

「実用目的」だったので、

早い段階から一字ペアに

統一され、現在のものに

整えられていきました。

なので、ひらがなにとっての

「変体仮名」のような

「バラエティ」が早くから

残らなかったんです。

せいぜい、「子(ネ)」

よく使われていたぐらいですね。

(いわば、変体カタカナ)

子カフ=願う

でも、制作当初は、

カタカナも、ひらがなの

変体仮名に負けないくらい

バラエティ豊かだったわけです。

それが、今回ご紹介した

カタカナのプロトタイプ

というわけなんです。

まとめ

<万葉仮名から流用>

于 尓

<単なる略字>

伊⇒尹⇒亻⇒イ

止⇒止⇒ト⇒ト

宇⇒于⇒宀⇒ウ

<ひらがなと同じ>

さ=(左)≠サ(散)

ち=(智)≠チ(千)

お=(於)=オ

そ=(曽)=ソ

<斬新な当て方!>

木=ネ(根)

<区別のための変形!>

阿⇒阝(こざと)⇒ア

部⇒阝(おおざと)⇒へ

以上、プロトカタカナでした。

ただ今日取り上げたのは

表全体で見てみても

ほんのひとにぎりです。

他にも面白い発見が

色々あると思うので、

時間のあるときにでも、

眺めてみて下さいね♪

(への)/

例えば、

「セ」は「七」に見えるから

「セブン」は「七フ✓」とか…。

濁点は書かないので、「フ」、

「ン」は点がないので「✓」。

ただし、横書きは右横書きが本来。

左横書きは戦後から。

それと、千葉の佐倉にある

国立歴史民俗博物館では、

第二展示室の中世のところで

「カタカナの成り立ち」

大きく一覧で紹介されています。

大辞林の資料は

ネットで見れていい反面、

表が前後で切れてて

わかりづらいので、

歴博の一覧の方が

色々見つけやすいかも

しれません。

確か、ストロボをたかなければ、

撮影もOKだったと思います。

というわけで、今日はこの辺で。

それでは、また(への)/

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